クリニック運営
医師、歯科医師ではない人や株式会社が医療機関を運営することはできるのか
目次
I.はじめに
弊社へいただく、お問い合わせの中に「医師や歯科医師ではない個人や株式会社などの営利法人(以下「非医師」といいます。)が、医療機関を運営することは可能なのか」という相談をいただくことがあります。結論、非医師の方個人で運営することは難しく、医療法人の運営に参画する形であれば可能です。またその場合も、医師や歯科医師が医療機関を運営することに比べて、多くの難点、留意点があります。そこで、本コラムでは、「非医師が医療機関を運営するための難点や留意点」について解説していきます。
Ⅱ. <前提>医療機関が求められる非営利性
医療機関を非医師が運営することが難しいといわれる要因の一つに医療機関に求められる「非営利性」にあります。これは医療機関が利益を出してはいけないという意味ではなく、営利を目的とする企業や個人が、医療機関の開設者を事実上の支配関係において傀儡するようなことを禁止するものです(平成5年2月3日総第5号・指第9号厚生省健康政策局総務課長・同指導課長通知『医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について』等)。
非医師が医療機関運営を希望する背景として「医療機関を傘下において、本業とシナジーを出したい」という要望をいただくことがありますが、
・株式会社で医療機関を開設する
といったことは原則難しいです。
また、
・株式会社で医療法人の出資持分を保有し、配当所得を得る
・開業する物件を株式会社で借りて、相場とかけ離れた高額な賃料で医療機関に転貸する
・株式会社で医療法人の人事権などの運営の決定権限を完全に握る
といったことは医療法上禁止されています(医療法54条、上記平成5年通知等)。
医療法7条6項にも営利を目的とした病院や診療所、助産所の開設を認めないことが明記されており、営利企業が医療機関を傀儡化しようとしていると判断された場合、行政機関から開設を認められなかったりするなどの指導が入ったりします。事実、例えば、医療機関の開設、医療法人の設立の申請、分院などの設立の定款変更の際には、「役員構成(履歴書添付)」「資金調達方法」「開業物件の賃貸借契約書」などを細かく確認されます。
一方で、営利目的によって医療機関を支配したい、利用したいということではなく、非医師の個人がルールを守りながら純粋に医療機関を運営し、地域医療に貢献をしたいと考えることもあると思います。ここからはそのケースについて解説をします。
Ⅲ. <必要なこと①>医療法人を買収(M&A)すること
まず、非医師が既にある医療法人に参画するのではなく、自身が主導で医療機関運営を新たに始めるためには、医療法人の買収(M&A)が必要です。理由は、以下のとおりです。
医療機関を開設するには、原則、医師・歯科医師又は医療法人によって開設する必要があり、また、非医師である時点で、上記のとおり開設者である医師や歯科医師を傀儡とするような運営は不可です。よって、【個人クリニック(病院)の新設】【個人クリニックの買収(M&A)】はできないです。
そうなりますと、選択肢としては【医療法人の新設】と【医療法人の買収(M&A)】の2つが残りますが、個人開設の実績がなく医療法人を新設するのはかなり難しいです。
医療法人の設立には、都道府県(又は政令指定都市)に申請をして、医療法人設立の認可を得る必要があります。一般的には、個人クリニック(病院)を開設し2年以上運営した実績などにより、設立する医療法人の安定的な運営の証明が必要となりますが、そもそもとして非医師は個人クリニック(病院)を開設することが出来ないので、非医師は医療法人の設立の申請を行うことはできません。
※都道府県によっては、例外的に個人クリニックの開設実績が無くても医療法人の設立を認めるケースもあります。この場合は、理事長に就任していただける医師を始め、社員役員構成を揃えて、事業計画や投資計画を提出し、医療法人の安定的な運営を説明できれば設立できますが、ハードルは高いです。
結果、非医師が医療機関を運営するためには【医療法人の買収(M&A)】が現実的な選択肢となります。
具体的な方法としては、医療法人の出資持分や基金を保有し、医療法人の最高決定機関である社員総会の構成員である「社員」に加入することになります。この社員は、医師や歯科医師である必要はなく、この社員総会を同じ志の仲間と構成することにより、医療法人を運営することが可能になります。そして、この社員総会で、医療法人の予算の決定、役員の選任・解任、定款の変更、借入金額の最高限度の決定などの重要事項を議決することが可能となり、医療機関の開設や運営を、医療法人を通じて行うことが可能となります。
ただし、社員が営利法人等の役職員を兼務することにより、医療機関の開設者(医療法人)が実質的に医療機関の開設・経営の責任主体でなくなるおそれがある場合は、行政指導の対象となりうる点には留意が必要です(平成24年3月30月厚生労働省医政局指導課連絡『「医療法人の役員と営利法人の役職員の兼務に関するQ&A」の送付について』)。
Ⅳ. <必要なこと②>原則医師又は歯科医師で理事長に就任してくれる人
Ⅲで、医療機関の運営に参画するためには医療法人を買収(M&A)し、社員総会の社員に加入することが必要であるということを解説しました。ここでもう一つハードルとなるのが、医師又は歯科医師で理事長に就任してくれる人を探すことです。
以下、医療法人の社員総会と理事会について解説し、理事長の確保が難しい理由を解説します。
(1)社員総会
社員総会は医療法人の最高決定機関であり、その構成員である社員になることができるのは自然人及び非営利法人です。この社員になるためには、医師や歯科医師である必要はなく、非医師である方が同じ考えを持った仲間とともに就任することが可能です。
(2)理事会
理事会は医療法人の執行機関であり、理事になることができるのは自然人です。理事は非医師でもなれますが、理事から選出される理事長は、原則医師又は歯科医師でないとなれません。そしてどの医療法人も必ず1名の理事長をおく必要があります。
この理事長の確保に苦労をされるケースが非常に多いです。理事長は医療法人の代表者であり、株式会社でいう代表取締役のような立ち位置です。よって、人材紹介会社や採用媒体から理事長候補を採用するのは難しいです(雇用する側の人間の為、理事長がいないと人材紹介会社と契約すらできないためです)。
そうなりますと、知り合いなどから理事長になってくれる医師を探す必要がありますが、各種契約において、契約主体は医療法人とはいえ理事長の名前が出ますし、仮に裁判などになった際には理事長が出廷をしなくてはいけない可能性もあります。そういったリスクもある中で、自身が開業をしていない医療法人の理事長という役職を引き受けてくれる人を見つけるのは非常に難しいです。
そして、一人の医師又は歯科医師が、複数の医療法人の理事長を兼任することは原則認められていないため(都道府県から指導が入るケースが多いため)、医療法人買収(M&A)の際には、他の医療法人の理事長を務めていなく、ある程度の責任やリスクが生じることを承諾して理事長に就任してくれる医師又は歯科医師を知り合いから探すことが求められます。名前を貸すという感覚では難しく、一緒に創業をするという覚悟を持った医師・歯科医師の友人などがいない限りなかなか難しいです。
Ⅴ. 例外の方法について
ここまでで、非医師の人が医療機関を運営するためには、医療法人を買収(M&A)し、理事長に就任してくれる医師又は歯科医師を見つける必要があると述べてきました。この章ではいくつかの例外方法について記載をします。
(1)医療機関を設立している株式会社の買収(M&A)
1948年の医療法施行前に医療機関設立をしている株式会社や企業健康保険組合があります。この株式会社を買収(M&A)すれば株式会社で医療機関を運営できることになりますが、企業立病院の運営企業は大企業がほとんどであり、数も少なく現実的ではありません。
(2)一般社団法人等での医療機関開設
医療法人ではなく、一般社団法人で医療機関を開設する方法もあります。現状、数は医療法人と比べて少ないですが、株式会社と異なり最近の実績もあります。一般社団法人であれば、理事長が医師又は歯科医師である必要はなく、理事長に就任してくれる医師又は歯科医師が見つからない場合でも、運営は可能となります。そもそもとして医療法人のように都道府県の認可は不要となります。一方で医療機関の開設が認められるかは、地域の保健所判断となり、中には開設自体が認められないことや、一般社団法人でありながら医療法人と同じような運営を求められ、理事長は医師・歯科医師にするように指導が入ったりする可能性もあります。現状は管轄の保健所やケースごとで、状況が変わってしまうことも鑑みて、本稿では例外の方法として記載をしました。今後、より事例が増えてきて、保健所の指導に統一性などが出てきた際に記事も更新します。
また、公益法人、学校法人、社会福祉法人、宗教法人等による医療機関の開設という事例も存在しますが、法人による開設は、現状はやはり医療法人が大半を占めており、医療法人以外の法人による開設は例外的な位置づけといえるため、今回では詳細の記載を割愛させていただきます。
なお、医療法人以外の法人による開設の場合であっても、医療法人と同様に「非営利性」の規制が及びます(平成19年3月30日医政総発第330002号各都道府県医政主管部(局)長あて厚生労働省医政局総務課長通知『医療法人以外の法人による医療機関の開設者の非営利性の確認について』等)。
(3)非医師でも医療法人の理事長に就任する特例(理事長選任特別認可)
以下のような場合は、都道府県知事の認可を得ることにより、理事長選任特別認可という形で、非医師でも理事長に就任できることがあります。条件を満たすケースが少なかったり、時間がかかる場合が多いことと、必ず認可が出るとは限らない点を加味して、例外とさせていただいております。
・理事長が死亡した場合や重度の傷病により理事長の職務を継続することが不可能の場合であり、かつ子女が医学部(歯学部)在学中か、又は卒業後、臨床研修その他の研修を終えるまでの間、医師又は歯科医師ではない配偶者等が理事長に就任しようとする場合
・医療法人が、「特定医療法人又は社会医療法人」「地域医療支援病院を経営している医療法人」「公益財団法人日本医療機能評価機構が行う病院機能評価による認定を受けた医療機関を経営している医療法人」の場合
・候補者の経歴、理事会構成等を総合的に勘案し、適正かつ安定的な法人運営を損なうおそれがないと都道府県知事が認めた医療法人の場合(たとえば候補者が3年以上理事であり、理事会の構成で医師又は歯科医師の占める割合が一定以上等を満たして、適正かつ安定的な運営を損なう恐れがないと判断された場合)
以上です。
実現可能性が低かったり、自治体などで差があることから今回は例外とさせていただきました。
Ⅵ. 非医師である人が医療機関を運営する際の注意点
ここからは、医療法人の買収(M&A)と就任してくれる理事長をみつける方法に戻して記載をします。
医療法人の買収(M&A)をして、理事長を引き受けてくれる医師又は歯科医師を見つければ、医療機関の運営をすることは可能になります。ただ、「運営をできる」と「成功する」はまた別です。ここからは、医療機関を運営する上での難点や注意点について解説します。
(1)理事長の条件・報酬
医療法人の理事長に就任する医師又は歯科医師との条件や報酬についてはしっかりと決めておく必要があります。多くの医療法人は、個人クリニックの院長が法人化し、その際に自身やその身内が社員となり、自身が理事長になります。その場合、当然責任も権利も全て理事長のものになりますが、本記事のような、非医師の方が医療法人を買収(M&A)し、その身内が社員になった場合は、理事長の条件、報酬、責任の範囲などについて細かく決める必要があります。
例えば、
・スタッフと労務問題で揉めてしまった場合の対応の分担
・医療法人が業者などと新たな契約をする際の決裁方法
・経営状態が良好な場合、逆に悪化した場合の理事長報酬の決め方
・理事長が退任を希望した場合の取り決め
・理事長に辞めていただく必要がでた場合の取り決め
などです。
特に理事長が退任を希望した際の運用については細かく合意をしておく必要があります。医療法人には理事長の存在が不可欠であり、理事長が辞任又は退任を希望しても、後任が見つからない場合には、原則辞任又は退任できません(厳密には、後任の理事長が選出されるまでの間、なお理事長としての権利義務が残ります(医療法46条の6の2第3項・同法46条の5の3第1項))。
当然後任の医師を見つける必要がありますが、それでも見つからなければ医療法人は解散するしかありません。
そのため、例えば「理事長が退任又は辞任を希望するときは、○○か月前に申し出て、その後、後継者が見つからない場合は医療法人を解散する。」などと、理事長退任時の医療法人の方針を予め決めて合意をしておくと良いです。
(2)管理医師(院長)とのコミュニケーション
理事長に就任してくれる医師が管理医師(院長)も兼ねてくれる場合は良いのですが、そうでない場合は、管理医師となる医師を別に雇用しなくてはなりません。上記のとおり、管理医師は医師紹介会社などから紹介をしてもらえますが、医療機関の運営に関して、特に医療的側面(導入する機器や薬品、難しい患者さんの対応、連携医療機関とのコミュニケーションなど)などにおいて、管理医師の先生の方針に対して非医師の方が的確に助言や反論できないこともあります。このような際に、理事長がアドバイスや指摘できると良いのですが、理事長との契約の中で、理事長が「とりあえず、名前を貸してあげている」というようなスタンスですと非常に難しくなります。管理医師とのコミュニケーションにおいての役回りについても合意をしておくとともに、改めて理事長は、名前貸しなどではなくて運営にコミットいただく方が望ましいです。
Ⅶ.おわりに
今回は非医師による医療機関の運営について、その難しさや留意点を解説しました。
医療機関運営には非営利性という概念があります。営利企業の事業と結び付けて「儲けよう」といった営利目的の医療機関運営には規制があります。
そうではなく、役員構成や取引内容に配慮をしたうえで、経営のパートナーとなる理事長を確保して、医療法人を取得すれば、非医師でも医療機関の運営に参画することは可能です。ただし、その実現には、医師や歯科医師が自身の医療法人を立ち上げる場合と比べて難点や注意点が多いです。それらをクリアしながら、医師である理事長先生や個人クリニックの院長先生が人生を懸けて必死に運営しているクリニックと競合となりながら患者さんを集めて運営していくのは簡単ではありません。
弊社では医療法人のM&A、その後の運営経験が豊富なコンサルタントが在籍しております。本コラムへの質問や詳しい内容など、是非ご相談ください。
※本コラムは、2022年5月12日現在の法令・通達等を前提に記載しております。
執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任