クリニックM&Aの基礎
売上・患者数が少なく内装の古い医療法人もM&Aで売却できるのか?
目次
Ⅰ.はじめに
「ピーク時と比べて、売上も患者数も半減している」
「長年勤めてくれた従業員の給与が高く、赤字になる年もある」
「内装や医療機器が古く、改装工事や買い替えが必要だろう」
そんな状況で、医療法人をM&Aで売却できるのだろうかと疑問に思われる先生も多いでしょう。実際に、現場でこのようなご相談を受けることは多々あります。
結論から申し上げると、上記のような悩みを持たれていても、問題なくM&Aが成立するケースはたくさんあります。医療法人の買い手のニーズにも着目しながら、詳しく解説していきます。
Ⅱ.医療法人のM&A|買い手の2つのニーズ
医療法人の買い手のニーズは、主に分院展開と承継開業の2つです。それぞれ簡単に解説します。
●分院展開
最近では、複数の地域に分院を展開する大規模な医療法人も増えてきました。事業拡大に熱心な経営者が、分院展開のため医療法人の買収を希望するケースがあります。
分院展開を希望する医療法人は、基本的に事業が順調で、潤沢な資金を持つ傾向があります。また既存事業とのシナジーなどが見込める場合などでは、例えば売上低いクリニックなどでも立地や内装に寄ってはM&Aが成約するケースがあります。
●承継開業
近年、クリニックの開業を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。希望する開業地に、すでに複数の競合クリニックがあるというケースも少なくありません。
開業後数年は赤字が続くこともあります。そんな時は、貯蓄を切り崩しながら、なんとか売上・患者数を増やし、損益分岐点を超えるのを待つしかありません。
しかし、認知拡大からスタートし、ゼロから患者を集めなければならない新規開業と比較して、承継開業なら、すでに地域に認知されており、通院患者もいます。そのため、承継開業を希望する若い医師が増えてきています。
その意味では集患が期待出来れば、多少設備は古くてもM&Aが成約することはよくあります。
Ⅲ.医療法人を設立する場合の2つのデメリット
分院展開にしろ、承継開業にしろ、なぜ多少患者さんが少なかったり、設備が古かったりしても医療法人は人気があるのでしょうか。それは、医療法人をゼロから設立する場合、いくつかのデメリットが存在するからです。続いて、医療法人を設立する場合のデメリットを買い手の視点に立って解説していきます。
●医療法人の設立には時間がかかる
医療以外の一般的な法人(会社)であれば、法務局で登記手続きをするだけで、簡単に設立できます。
しかし、医療法人を設立するには、都道府県の認可が必要です。多くの自治体は、年2回の受付期間を設けていますが、それ以外のタイミングで勝手に医療法人を設立することはできません。都道府県の示すスケジュールに沿って、順を追って行政手続きを進めていくことになります。
都道府県のスケジュールにもよりますが、医療法人の設立までには、タイミングが合わないと約1年弱という長い期間がかかり、その間の行政手続きも非常に複雑です。
また、ゼロから医療法人を設立することは原則できないため、まず個人事業で開業してから、法人化をしなければなりません。そうなると、さらに時間がかかります。
さらに、法人化では、一度個人事業を廃業した上で、新たに医療法人を設立することになります。よって法人化する時は、保健所や厚生局に対して、各種届出や指定申請も、もう一度手続きし直す必要があります。
医療法人が簡単には設立できないことも、医療法人を買収したいという買い手のニーズが生まれるのです。
●「持分あり」の医療法人は新たに設立できない
医療法人には、大きく分けて「出資持分あり」の医療法人と「出資持分なし」の医療法人があります。現在存在する医療法人の多くは、「持分あり」の医療法人です。
しかし、医療法の改正にともない、平成19年4月1日以降は新たに「出資持分あり」の医療法人を設立することができなくなりました。今後、医療法人を設立する場合、必然的に「持分なし」の医療法人になります。「持分あり」の医療法人は、すでに設立できないため「経過措置型医療法人」と呼ばれることもあります。
そして、すでに設立できないことから、M&Aにおいて「持分あり」の医療法人の人気が高まっているのです。
「持分あり」の医療法人には、出資金の払戻請求権があります。簡単に説明すると、「持分なし」の医療法人では、最初に拠出した額を超える財産は国に帰属しますが、「持分あり」の医療法人では、残余財産は出資した金額に応じて出身者に払い戻されます。
医療法人を設立するにあたり、医療法人解散後の残余財産の帰属先を気にする経営者は多いでしょう。このような背景から、すでに設立できなくなった「持分あり」の医療法人はM&Aにおいて人気があります。
出資持分あり医療法人と、出資持分なし医療法人については、以下も参照ください。
医療法人のM&Aでは持分あり/なしに要注意!メリット・デメリットとは
Ⅳ.医療法人をM&Aで買収する3つのメリット
続いて、医療法人をM&Aで買収する買い手のメリットを3つ見ていきましょう。
●事業を成長させるための「時間」を買える
医療法人を設立するまでには、多大な労力と時間がかかることを説明しました。またもちろん新たにクリニックを開業するのにも時間がかかります。M&Aで医療法人を買収することで、これらの労力や時間を省くことができます。
事業意欲の豊富な医療法人が、分院展開を希望する場合、スピード感を重視することは少なくありません。また、承継開業でも、開業準備期間が短くなるだけではなく、すぐに法人化したいと考えている意欲的な医師の場合、最初から医療法人を買収したいと希望するケースが多々あります。
M&Aで医療法人を買収することで、「時間を買う」ことができるのです。
●「持分あり」の医療法人を手に入れられる
「持分あり」の医療法人を手に入れられるのも、買い手にとって魅力となるケースがあります。例えば、出資持分を自身が全て保有することで、万が一社員総会のメンバーに裏切られてしまったとしても、出資持分の払い戻し請求権を行使することでその損害を最低限に抑えることが可能です。またそもそもの裏切り行為の抑止力にも繋がります。またすでに設立できない以上、「持分あり」の医療法人は今後減っていく一方です。つきましては仮に今回の買い手が将来売却を考える際に買い手が見つかりやすくなる可能性もあります。そのようなことから今のうちに「持分あり」の医療法人を手に入れたいと考える方もいらっしゃいます。
● 繰越欠損金による税効果
赤字の医療法人を引き継ぐことにより、当然ではありますが、繰越欠損金の税効果があります。繰越欠損金とは、過去の決算で累積された赤字であり、医療法人は過去7年間に遡り、その後の利益と相殺できます。よって、継承後に黒字転換をした際に、過去の累積赤字に応じて法人税が減額されます。
Ⅴ.終わりに 余裕を持ってM&Aを進めることが成功の秘訣
M&Aで医療法人を買収する買い手のメリットは、意外とあります。
売上や患者数が減少しているから、内装や医療機器が古いから、といった理由で売却できないと悲観する必要は全くありません。思わぬところで買い手の条件とマッチし、トントン拍子でM&Aが進むケースもあります。
一方で、いい買い手と巡り会うためには、早めにM&Aに向けて準備を進めることが大切です。健康状態の悪化などですぐに買い手を探さなければならない状況に陥ると、それだけ条件が狭まり、いい買い手と巡り会える可能性も下がってしまいます。
健康状態が良好なうちに、出口戦略についてしっかり検討し、専門家にも相談しながら準備を進めていきましょう。
執筆者:弊社コンサルタント