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耳鼻科M&A完全ガイド|売却・買収のメリットと開業費用相場を徹底解説【2025年最新版】
1.はじめに
クリニックの開業といえば、「新規開業で1から立ち上げる」というイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、近年では医療機関におけるM&A(合併・買収)が広がりを見せております。
開業医として独立を考えたとき、物件探しから内装工事、医療機器の購入、スタッフ採用、広告宣伝など、多くの準備と初期投資が必要となります。また、経営が安定するまでに時間がかかるのが一般的です。一方で、既存のクリニックをM&Aで引き継ぐことで、すでに地域に根付いた患者基盤や経験豊富なスタッフ、診療体制をそのまま活用でき、開業後すぐに安定した運営を実現できる可能性があります。
本稿では、M&Aによる開業の中でも、「耳鼻咽喉科」クリニックにおけるM&Aの基本的な考え方やメリット、売り手・買い手が押さえるべきポイント、さらには統計データを踏まえた現状分析まで、開業を検討する医師向けにわかりやすく解説します。
2.耳鼻咽喉科M&Aの売り手のメリット
ここからは、耳鼻咽喉科クリニックの売却を考える医師に向けて、M&Aによって得られる具体的なメリットについて解説します。
(1)引退後の生活資金の確保
M&Aによって譲渡すると、譲渡対価が支払われます。譲渡対価は、医療機関の場合は譲渡時点の純資産+営業権(修正後利益の1年~2年分程度)などによって算定することが多いですが、売り手にとっては引退後の生活資金を確保する手段となります。この際の営業権の考え方としては、院長への依存が少ない診療内容であるほど、営業権としては評価されやすい傾向にあります。
(2)患者さんを他院に紹介しなくて良い
クリニックを閉院する場合、通院中の患者さんへの説明と、他院への紹介が必要になります。紹介状の作成や患者への説明に時間と労力がかかるだけでなく、患者さんにとっても「これまで安心して通っていたクリニックがなくなる」という精神的な負担になります。
一方、M&Aで新しい医師がクリニックを承継すれば、患者さんは引き続き同じ場所で診療を受けられます。これにより、売り手の医師自身も患者さんへの責任を果たすことができ、安心して引退することができます。また、後に記載するように売却後も非常勤医師として継続して勤務をすることで、継続してフォローすることもできます。
(3)閉院に伴う資産の処分費用がかからない
クリニックを閉院する場合、内装の原状回復費用や医療機器の処分費用が発生することがあります。医療用設備は特殊なものが多く、撤去や廃棄には高額な費用がかかる場合もあります。耳鼻咽喉科の場合、チェアやX線関係の設備など、大型のものは処分費用も大きくかかります。
また、賃貸物件であれば内装をすべてスケルトンに戻す契約となっているケースも多く、近年はこの解体費用も上がっており、重い負担になります。
しかし、M&Aでクリニックを譲渡する場合は、基本的に現状のまま引き継がれるため、こうした資産の処分費用はかかりません。むしろ設備や内装がそのままクリニックの価値として評価され、譲渡価格に反映されることもあります。不要な出費を避け、資産価値を最大限に活用できる点も大きなメリットといえます。
(4)売却後も売り手が勤務医として継続勤務できる可能性がある
M&Aによってクリニックの経営権を譲渡した後も、売り手である医師が勤務医として診療に関わるケースは少なくありません。
例えば、非常勤として週1~2回診療を続ける、一定期間は顧問医として新しい院長のサポートを行うなど、柔軟な働き方が可能です。
これは、買い手側にとってもスムーズな引き継ぎや患者との信頼関係維持につながるため、好まれる条件となることがあります。
経営の責任や煩雑な業務からは離れつつ、自身の診療経験や患者さんとの信頼関係を生かして社会貢献を続けたいと考える医師にとっては、理想的な働き方の一つといえるでしょう。
(5)従業員の雇用を守ることができる
長年一緒に働いてきたスタッフの雇用を守りたいと考える院長は多いはずです。しかし、クリニックを閉院する場合、看護師や事務スタッフなど、すべての従業員が職を失うことになります。
M&Aによる承継では、スタッフの雇用継続が前提となることが一般的です。買い手側もすでに経験のあるスタッフがいることで、診療体制がスムーズに維持でき、患者対応も変わらずに行えるため、双方にメリットがあります。
院長として、これまで支えてくれたスタッフへの感謝の気持ちを形にする意味でも、M&Aは有効な選択肢といえるでしょう。
3.M&Aによる買い手のメリット
次に、耳鼻咽喉科クリニックの買収を考える医師に向けて、M&Aによって得られる具体的なメリットについて解説します。
(1)開業費用が抑えられる可能性がある
耳鼻咽喉科は診療に必要な医療機器が比較的高額な科目のひとつです。例えば、内視鏡システムや、めまい検査用の赤外線CCDカメラ、処置用チェア、X線、CT検査機器など、いずれも新品で揃えると多額な設備投資が必要になります。
一方、M&Aによって既存のクリニックを承継する場合、すでに導入されている医療機器や内装をそのまま活用できるため、初期費用を抑えることが可能です。まだまだ使える設備が揃っているクリニックも多く、必要に応じて一部だけ機器を更新する選択もできます。こうした点から、自己資金や借入額を抑えた上での開業が実現しやすいといえるでしょう。
例えば、以下が耳鼻咽喉科の新規開業の場合の投資予算の例となります。あくまでも弊社顧問先からサンプルを作成しているので、実際には内装のこだわり具合や医療機器の選定によっても変わってきますが、こういった数字をベンチマークにして、新規とM&Aの検討をいただくのが良いです。
以下に耳鼻咽喉科の新規開業時の投資予算を示します。
例)耳鼻咽喉科の新規開業医における投資予算
分類 | 項目 | 単価 | 数 | 単位 | 計 | 税込 |
---|---|---|---|---|---|---|
不動産 | 敷金 | 600,000 | 6 | カ月 | 3,600,000 | 3,600,000 |
不動産 | 礼金 | 600,000 | 1 | カ月 | 600,000 | 660,000 |
不動産 | 前家賃 | 600,000 | 2 | カ月 | 1,200,000 | 1,320,000 |
不動産 | 仲介手数料 | 600,000 | 1 | カ月 | 600,000 | 660,000 |
設計・施工 | 設計・施工費 | 600,000 | 50 | 坪 | 30,000,000 | 33,000,000 |
設計・施工 | 看板・サイン | 500,000 | 1 | 式 | 500,000 | 550,000 |
医療機器 | 機器①(手術顕微鏡、テレスコープ、電子スコープ、ドリルシステム) | 8,800,000 | 1 | 式 | 8,800,000 | 9,680,000 |
医療機器 | 機器②(診察椅子、ユニット、画像ファイリングシステム) | 3,500,000 | 2 | 式 | 7,000,000 | 7,700,000 |
医療機器 | 機器③(重心動揺計、X線CT画像装置、聴力検査ボックス、聴力測定器) | 14,850,000 | 1 | 式 | 14,850,000 | 16,335,000 |
医療機器 | 機器④(内視鏡システム、カメラシステム、炭酸ガスレーザー、ネブライザー) | 13,750,000 | 1 | 式 | 13,750,000 | 15,125,000 |
医療機器 | その他(鋼製小物一式、手術セット、小型吸引機、滅菌バック、洗浄機、AED、滅菌機、その他) | 5,000,000 | 1 | 式 | 5,000,000 | 5,500,000 |
システム | 電子カルテ | 1,000,000 | 1 | 式 | 1,000,000 | 1,100,000 |
システム | システム(予約システムなど) | 500,000 | 1 | 式 | 500,000 | 550,000 |
家具・家電 | 家具・家電(PC含む) | 2,500,000 | 1 | 式 | 2,500,000 | 2,750,000 |
採用 | 採用経費 | 200,000 | 1 | 式 | 200,000 | 220,000 |
マーケティング | ホームページ制作 | 500,000 | 1 | 式 | 500,000 | 550,000 |
マーケティング | 開業前各種広告費用 | 1,000,000 | 1 | 回 | 1,000,000 | 1,100,000 |
資材等 | ロゴマーク作成 | 100,000 | 1 | 個 | 100,000 | 110,000 |
資材等 | 名刺 | 50,000 | 1 | 式 | 50,000 | 55,000 |
資材等 | パンフレット | 300,000 | 1 | 式 | 300,000 | 330,000 |
資材等 | 診察券 | 50,000 | 1 | 式 | 50,000 | 55,000 |
資材等 | 封筒 | 50,000 | 1 | 式 | 50,000 | 55,000 |
研修時人件費 | 研修時 従業員給与 | 200,000 | 5 | 人 | 1,000,000 | 1,100,000 |
行政手続き | 社労士(労働保険、社会保険) | 100,000 | 1 | 式 | 100,000 | 110,000 |
行政手続き | 行政書士(開設届関係) | 200,000 | 1 | 式 | 200,000 | 220,000 |
医師会 | 入会費 ※各地域に寄って変動 | 2,000,000 | 1 | 式 | 2,000,000 | 2,000,000 |
その他 | 雑費(薬品、備品、ユニフォーム等) | 1,500,000 | 1 | 式 | 1,500,000 | 1,650,000 |
合計 | 96,950,000 | 106,085,000 |
※この投資予算はあくまでもサンプルです。
※医療機器などは、メーカー、オプション、購入時期などで大きく変動します。
(2)開業初日から患者さんが来院されること
新規開業時の大きな課題は患者さんの確保です。立地選びや広告宣伝、地域への認知活動などを一から行う必要があり、開業後すぐに患者が集まるとは限りません。特に都市部では競合クリニックも多く、診療圏内でのポジション確立には時間がかかるケースが一般的です。
その点、M&Aによる継承開業では、すでに一定数の患者さんが通院している状態でスタートできることが大きなメリットです。診療歴がある患者さんがそのまま継続して通ってくれるため、開業当初から一定の売上が見込め、経営の安定につながります。
患者さんにとっても、場所や診療内容が変わらない安心感があります。
(3)スタッフを継承できる点
クリニックの運営において、スタッフの質は非常に重要です。しかし、新規開業の場合、どれだけ求人に力を入れても経験豊富なスタッフを採用できる保証はありません。スタッフの採用・教育には時間とコストがかかり、慣れるまで診療体制が不安定になることもあります。
M&Aでクリニックを承継する場合、これまで働いていた看護師や事務スタッフをそのまま引き継ぐことができるため、即戦力のスタッフとともに診療をスタートできる点が大きなメリットです。患者さんにとっても、顔なじみのスタッフが引き続き在籍していることで安心感につながり、患者離れのリスクも減らすことができます。
さらに、耳鼻咽喉科の専門的な機器の扱いや診療補助に慣れているスタッフであれば、診療の質も担保されるため、買い手にとって大きな利点となります。
(4)売却後も売り手が勤務医として継続勤務してくれる点
M&Aによってクリニックを引き継いだ後も、売り手の医師が勤務医として非常勤で残ってくれるケースは多くあります。この場合、患者さんも「これまでの先生がまだ診てくれる」と安心感を持てるため、承継後の離脱が少なく、スムーズな引き継ぎが可能です。
また、耳鼻咽喉科は花粉症シーズンや風邪の流行期など、時期によって患者数が大きく変動します。こうした繁忙期に売り手の医師にスポット的に手伝ってもらうといった柔軟な働き方もできるため、買い手側の負担軽減につながります。
さらに、承継後は医師が2名体制となることで、休診日を減らしたり、診療時間を延ばしたりと、より柔軟な診療体制が構築できる点も魅力です。患者満足度向上につながるだけでなく、医師自身も無理のない働き方を実現できるでしょう。地域にも寄りますが、耳鼻咽喉科の非常勤医を見つけるのは一筋縄ではいかず、紹介会社に多額の費用を払う必要があります。長年、地域に愛されてきた前院長が継続勤務をいただけることは、買い手のメリットになることが多いです。
4.耳鼻咽喉科M&Aにおける留意点について
次に、耳鼻咽喉科のM&Aにおける留意点について解説をします。
(1)譲渡時期(季節)について
耳鼻咽喉科は、花粉症などの季節性疾患によって患者数に大きな変動がある診療科目です。一般的には春先(2月〜4月頃)や、風邪やインフルエンザが増える冬場(11月〜1月頃)は繁忙期となりますが、夏季(7月〜8月)は閑散期となることが多いです。このため、譲渡実行のタイミング(クロージングの時期)は重要なポイントとなります。繁忙期に譲渡する場合は、患者数が多い分、買い手側の診療体制やスタッフオペレーションが適切に回るかどうかを事前にしっかり確認する必要があります。一方、閑散期に譲渡する場合は、継承後すぐの売上が少ない可能性があるため、運転資金を厚めに確保しておくことが大切です。買い手としては、資金繰りと診療体制の両面を踏まえ、譲渡時期を慎重に選ぶことが求められます。
(2)診療内容の確認
一言で「耳鼻咽喉科」といっても、その診療範囲や対応方針はクリニックごとに大きく異なります。例えば、手術をどこまで行っているのか、薬剤選択の方針、各検査の実施有無など、細かな違いがあることが少なくありません。
また、小児患者の対応範囲や、内科領域にどこまで対応しているかについても事前に確認しておくことが大切です。買い手が希望する診療スタイルと、売り手クリニックの診療内容に大きなギャップがある場合、患者満足度の低下や離脱につながる恐れがあります。そのため、現行の診療内容をしっかり把握し、自身が引き継いだ後も無理なく対応できるかを検討することが必要です。
(3)医療機器の動作確認
耳鼻咽喉科で使用される医療機器は高額で、特殊なものも多いため、機器の状態や動作確認はM&Aの重要なチェックポイントです。特に、内視鏡システム、聴力検査機器、ネブライザー、CCDカメラなどの設備は、故障や性能劣化が診療品質に直結します。
買い手は、譲渡前にこれらの医療機器の動作確認を行い、必要があれば譲渡価格の調整や設備更新計画を立てておくことが大切です。また、メーカー保証や保守契約の有無もあわせて確認しておくと安心です。
(4)スタッフについて
スタッフの継承もM&Aの大きなポイントです。耳鼻咽喉科においては、受付、看護師などが診療の流れを支えており、経験豊富なスタッフがいることは患者満足度や診療効率に直結します。M&Aでは基本的にスタッフの雇用継続が前提となりますが、雇用条件や就業意向を事前に確認し、継承後も安心して働いてもらえる環境づくりが必要です。加えて、買い手の診療方針やコミュニケーションスタイルがスタッフと合うかどうかも、スムーズな運営において重要な要素となります。また、滅菌や掃除など、人がやりたがらない仕事の業務分担なども確認をしておくと良いです。
5.おわりに
本稿では、耳鼻咽喉科のM&Aについて解説をしました。一言に耳鼻咽喉科のM&Aと言っても、メリット、デメリット、留意点は様々です。弊社ではこれまで多くの耳鼻咽喉科のM&Aを経験して参りました。また現在(2025年5月現在)耳鼻咽喉科の売り案件についても複数の案件のご紹介が可能です。売却を考えている方も、これから開業を考えている方もお気軽にお問い合わせ頂ければ幸いです。
執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任