外部専門家 特別コラム
M&A成約後に買い手が支払いを拒否した!?弁護士が教える対処法とその流れ【その3】~未払いが生じてしまった際の回収の仕方~
1.はじめに
医療機関のM&Aにおいて、最終譲渡契約の締結後に買い手が譲渡対価を支払わないという事態が起きた際の対処法とその流れに関して、CSP法律会計事務所の喜納弁護士にお聞きしています。前回は、買い手が支払わないトラブルを未然に防ぐために重要なことについて解説をいただきました。今回は、未払いが生じてしまった際の回収の方法について解説をいただきます。
2.未払いが生じてしまった際の回収の仕方
(1)買い手の手元に資金が無い場合
金子:今回もよろしくお願いします。早速ですが未払いが生じてしまい、買い手の手元にも資金が無い場合はどうすれば良いのでしょうか。
喜納先生:はい、よろしくお願いします。回収については、現時点で持っていない資金は当然回収できないです。ですので、次に将来に入ってくる資金に目を向け、その段階でまとまった金額を払っていただいたり、毎月少しずつ払っていただきます。ただ、それも、買い手において事業が稼働していない、定職に就いていない、などの場合は難しいです。
金子:拘束して強制労働させるわけにいかないということですね。
喜納先生:はい、それはできません。
金子:つまり、少しでも余剰資金が無ければ払ってもらえないということですね。
喜納先生:そうですね。
金子:譲渡対価を支払わない買い手が、別の使用者に雇用されている個人のような場合に、たとえばその買い手の給与を差し押さえたり、又は、預金を差し押さえたりすることは可能ということですか。
喜納先生:はい、たとえば勝訴判決が確定している場合など、法に基づく強制執行ができる状況であれば可能です。
金子:それでは、毎月、給与が入金されてすぐに全額を使われてしまったらいかがでしょうか。
喜納先生:給与の差し押さえの場合には、買い手を雇用している人から直接取り立てることになります。仮に、買い手の雇用主が、給与の差押えがなされているにもかかわらず、買い手に対し給与を支払ってしまった場合でも、売り手は、雇用主に対して、買い手の給与を取り立てていくことができます。
一方で、預金の場合は、差押えをした時点において預金がない場合には、差し押さえはできないです。たとえば、買い手が、給与の入金があるやいなや預金口座から全額を引出して使ってしまった後に、売り手がその預金口座を差し押さえても、空振りで終わってしまいます。回収の方法として、たとえば、銀行口座への入金日が分かれば、入金のタイミングを狙って差し押さえできる可能性はあります。
金子:たとえば、銀行の担当者に、債権があることや、裁判で勝訴している事情を説明して、入金があった瞬間に差し押さえしてもらうことは可能でしょうか。
喜納先生:それはできません。法律のルールや手続きに則っています。そもそもとして銀行は法の手続によらずに個人情報を開示できません。
金子:そうですよね。では、極論を言えば、不払いの買い手が裁判で負けて、その後に大金を稼いでいても、それを毎日全額使い切る生活をされたら回収はできないのでしょうか。
喜納先生:はい、それはよく見られる債権回収ができない例です。少し事情は異なりますが、たとえば、離婚の際の養育費なども同じです。日本では、離婚後に2~3割くらいの人しか養育費をもらえていないと聞きます。養育費をもらえていない事例の中には、本当は養育費を払ってもらいたいが相手にお金がないので払ってもらえていない、という事例が含まれます。養育費を受け取る権利があり、公正証書もあり、いつでも強制執行できるという状況であっても、たとえば、養育費を支払う側の元配偶者に定職がなく、現金払いで日給を得たもののその日のうちに全部娯楽に使ってしまうというような事案では、養育費を回収するのは難しいです。
金子:娯楽やギャンブルで使ってしまっていてもですか、、
喜納先生:はい、難しいです。勝訴判決が確定していたとしても、資金を持っていない人からの回収は極めて困難です。いわゆる無い袖は振れないという状況です。
金子:なるほどです。たとえば、買い手が取得した医療法人の診療報酬をあらかじめ担保にして回収することは可能でしょうか。また、医療法人の譲渡の場合、その売り物である医療法人を買い手の連帯保証人にすることは、リスクを未然に防ぐ方法になりそうでしょうか。
喜納先生:法人譲渡の場合、買い手と医療法人は別ですので、医療法人がその診療報酬債権を担保に入れることや、医療法人が連帯保証人となることを社員総会や理事会で決議をすれば、理屈上は可能です。ただし、医療法人には非営利性から要請される配当類似行為禁止の制約がありますので、基本的には、医療法人がその財産を他者のために担保に入れたり、他者の連帯保証人になることは、医療法上の規制に抵触する可能性が高いです。
金子:わかりました。連帯保証人をつけるならば、譲渡の対象である医療法人ではない、人や法人にした方が良いということですね。
喜納先生:はい。たとえば、一般の事業会社を連帯保証人したり、その売掛債権を担保に取る場合などであれば大丈夫です。
(2)回収できる金額について
金子:わかりました。では次に回収できる金額について教えてください。未払いの譲渡対価はもちろんですが、買い手が支払いをしないことで色々な損害を被ると思うのですが、これらはいかがでしょうか。
喜納先生:はい、まずは遅延損害金です。本来支払われるはずの譲渡対価が払われなかった場合には、支払いを遅延したことについて損害賠償請求できます。利率について特に合意が無ければ、民法の法定利率で原則年3%です。譲渡対価が完済されるまでの日数分、未払い額に対する年3%の割合による金額を請求できます。
なお、この利率は合意によって変更できます。たとえば、様々な契約書において年14.6%という数字を見たことがあるのではないでしょうか。このような利率の合意をしておけば、法定利率よりも高い約定利率にて請求していくことができます。
金子:遅延損害金以外に、実際に損害を被った金額はいかがでしょうか。たとえば、買い手が譲渡対価を支払わないことで、その間にスタッフの給与などの支払いが生じることもあると思います。
喜納先生:遅延損害金のほか、譲渡対価が支払われていないことにより売り手が余計に損害を被った場合、譲渡対価の未払いと当該損害との間に因果関係が認められる範囲で、損害賠償請求ができます。ただし、未払いと当該損害との因果関係や損害の額について、売り手が1つひとつ立証する必要があります。どれほどの損害が発生していて、また、その損害が買い手の未払いによって生じたという因果関係を立証しないといけないので、結構大変なことが多いです。そのため、譲渡対価を原資として何かの支払いをする予定があるような場合には、あらかじめ譲渡契約書に違約金条項を入れておくことがお勧めです。たとえば、「約束どおりに譲渡対価の1億円が支払われなかった場合には、譲渡対価の1億円を支払うのは当然のこととして、それとは別途違約金として別途300万円を支払う」といった条項を設けます。
金子:この金額に上限はあるのでしょうか。
喜納先生:固定の上限というものは無いです。ただ、1億円の対価に対して、違約金として3億円などの極端な設定は、公序良俗違反として無効になるリスクが高いでしょう。
金子:承知いたしました。ありがとうございます。
(3)債権回収の方法について
金子:続いて、未払いの買い手に資産がある場合について、回収の具体的な流れを教えてください。
喜納先生:債権回収の流れですが、まずは直ちに電話、対面、書面などで何度も連絡をするのが重要です。私は常々「うるさい債権者が勝つ」と思っており、しっかりと請求し続けることによって、権利が実現できる可能性が高まると思います。そもそもとして、自発的に約束を守ってくれる人でしたら、未払いは生じないので、連絡を取り続けることが重要です。
金子:連絡する際の留意点はありますか。
喜納先生:脅迫行為は絶対に行ってはいけません。
金子:そうですよね。どのような言い方が脅迫になるのでしょうか。
喜納先生:基本的には、社会通念や常識の範囲になります。「殺すぞ」とかはもちろんですし、「払わないのであれば、火の元用心ですね」みたいなものも駄目です。
金子:普通の催促を、1日5回電話するなどはいかがでしょうか。
喜納先生:基本的には大丈夫です。ただ、深夜に何度も電話することや、電話にでることができないやむを得ない事情があるにもかかわらずそれを無視して何度も電話をすることは、社会通念上許される範囲を超える可能性が高いですので、控えるべきでしょう。また、職場などに何度も連絡して、赤裸々に話してしまうことなどは、プライバシー権侵害や名誉毀損の観点から避けた方が良いです。
金子:本人の携帯電話に、「本当、お願いします」と電話するのは問題ないということですね。
喜納先生:大丈夫です。社会通念の範囲にある限り、うるさい債権者が勝ちます。
金子:その点、債権回収に投下する時間や労力と回収金額とを天秤にかける感じになりますね。
喜納先生:はい、回収金額が少ない場合に、ものすごい時間と手間をかけることは、実質的にマイナスになることもあるかもしれません。また、忙しい方ですと手が回らなくなり、諦めてしまいうこともあると思います。
金子:債権回収会社に頼むのはいかがでしょうか。
喜納先生:債権回収の代行は、基本的には弁護士と弁護士法人しか行えないですので、法律上、例外的に債権回収の依頼が許される場面であれば、という選択肢になるかと思います。
金子:他にいまお金を持っていない人から債権を回収する方法はありますか。
喜納先生:いまお金を持っていない方からすぐに全額を回収しようとしても難しいので、分割払いや、代物弁済などを検討する必要がありますね。
金子:代物弁済とは何でしょうか。
喜納先生:金銭以外のもので支払ってもらうイメージです。たとえば、その人が他の人に対し債権を持っていたらその債権、あとは不動産、家電、ブランド品、自動車など、金銭以外のものを代わりにもらうイメージです。
金子:それはこちらから交渉をしても良いのでしょうか。たとえば「このパソコンをください」というような形です。
喜納先生:そうですね。可能です。ただし、債権金額によっては、パソコンだけですと足りないので、たとえば「パソコンを5万円とみなして、残り295万円は現金でお支払いください」という合意をすることになります。
金子:なるほど。わかりました。ちなみに、時効で権利が消滅してしまうことはあるのでしょうか。
喜納先生:はい、消滅時効はあります。民法だと5年と10年です。権利を行使することができ、かつ、権利を行使することができることを知った時から5年か、又は、権利を行使することができる時から10年です。
5年の消滅時効は、たとえば次のような例です。「買い手が売り手に対し11月1日に譲渡対価を支払う」という契約が締結されたものの、買い手が譲渡対価を支払わなかったとします。支払日は契約書に明記されており、売り手は同日に譲渡対価を請求できることを知っていました。ところが、売り手が、買い手による未払いを放置して、買い手に対して何も請求をしないまま5年が経過してしまいました。このような場合に、買い手から「すでに譲渡対価の請求権は、時効によって消滅している。」と主張されてしまうと、譲渡対価を請求する権利は時効によって消滅してしまいます。
次に、10年の消滅時効は、たとえば次のような例です。医療機器を購入した時に契約のとおりではない欠陥があったとします。この場合、買主は、売主に対し、損害賠償請求などをすることができますが、買主が、何らかの事情によりこの欠陥があることを知ることができなかったとします。このような場合には、買主は、損害賠償請求という権利を行使することができることを知りませんので、医療機器の引き渡しを受けた日の翌日から10年間が経過することによって、消滅時効の問題がでてきます。
金子:権利行使ができることを知ってからは5年なのですね。
喜納先生:そうですね。ただ、消滅時効が完成する前に訴訟提起をすると、時効の完成は一旦猶予され、その後判決が確定することによって0に戻ります。たとえば、4年経ったところで訴訟を提起して、その訴訟の判決が確定すれば0に戻ります。
金子:確かに、訴訟をわざとゆっくり対応されたら困りますものね。
喜納先生:時効を0に戻すこと、これは法律用語では「時効の更新」といいます。他には、たとえば、債務者が、債権者に対し、債権者の債務者に対する権利があることを認めることによっても生じます。時効期間4年目にして、債務者が、債権者に対し、「債権者の私に対する権利がありますので、私はきちんとお金を支払います。」といったことを認めれば、また0から時効期間がカウントされることになります。この場合、債権者としては、書面で証拠化しておいた方が良いですね。また、合わせて支払方法に変更がある場合などには、その合意内容を書面にしたり、公正証書化しておくとより望ましいです。
金子:公正証書にすると訴訟をしなくても強制執行できるようになるのですよね。
喜納先生:はい、公正証書を作成する際に、強制執行認諾文言というものを加えると、強制執行が可能になります。
公正証書ではない契約書に基づいて強制執行をするためには、たとえば訴訟を1回挟む必要があります。ただ、訴訟は時間もコストもかかるので、強制執行認諾文言付きの公正証書を作成しておけば、訴訟をしなくてもその公正証書をもって裁判所に対し差押えの申立てができるようになります。
また、公正証書を作成すると、公証役場から仰々しい書面が送られてくるので、資産がある人に対しては支払いを促す心理的な効果もあると思います。なお、資金が無い人に関しては「無い袖は振れない」状態になってしまうことは、公正証書の場合でもあっても同じです。
金子:他に回収方法はありますか。
喜納先生:売り手が買い手に対して、逆に債務があるようなときは相殺できます。たとえば、売り手と買い手との間に別の取引があって、売り手が買い手に対しお金を払わないといけないような場合には、相殺することにより売り手は支払いを免れますので、実質的に買い手からお金を回収したのと同じような状況になります。
金子:なるほどです。そういう場合はシンプルですね。
喜納先生:はい、こういうケースや、買い手に資産があり、ただ単に難癖を言っているだけの場合は、そのまま訴訟をすれば良いと思います。勝訴しても払わない場合は、強制執行で、たとえば不動産を持っていれば差し押さえることができますので。
金子:そうですよね。やはり、前回、前々回で教えていただいたように、あらかじめ相手の資産背景の確認をするのは大事ですね。
ありがとうございます。次回は弁護士の選定や訴訟の流れについてよろしくお願いします。
喜納先生:よろしくお願いします。
3.終わりに
今回は、未払いが生じてしまった際の回収の仕方について教えていただきました。「うるさい債権者が勝つ」という言葉のとおり、未払いになってしまうと、回収する側の工数も大きくなります。そして当然、資産の無い人からは回収できないという点を念頭に置き、事前の合意や調査の重要性を改めて実感しました。
次回は、最後に訴訟の流れや弁護士の選定について教えていただきます。
以上
喜納 直也(きな なおや)
CSP法律会計事務所 弁護士
慶應義塾大学法科大学院修了。東京弁護士会所属。
法律事務所における紛争対応に加えて、企業内弁護士としての経験を活かし、法人・個人を問わずあらゆる案件に従事する。医療法人のM&Aを数多く扱う(実績30件以上)。
著書に、「裁判例からつかむ従業員不祥事事件の相談実務」(共著、第一法規) 「裁判例の要点からつかむ「権利濫用」の主張立証」(共著、第一法規)がある。
金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任