外部専門家 特別コラム
M&A成約後に買い手が支払いを拒否した!?弁護士が教える対処法とその流れ【その2】~買い手が支払わないトラブルを未然に防ぐために重要なこと~
1.はじめに
医療機関のM&Aにおいて、最終契約の締結後に買い手が対価を支払わないことが起きた際の対処法とその流れに関して、CSP法律会計事務所の喜納弁護士にお聞きしています。前回は、未払いが生じる、その事例に関して解説をいただきましたが、今回は、そのトラブルを未然に防ぐために重要なことについて、解説をいただきます。
2.トラブルを未然に防ぐために重要なこと
金子:今回もよろしくお願いします。前回に続きまして、今回は買い手が対価を支払わないケースを未然に防ぐためにはどうすればよいのか教えていただけないでしょうか。
喜納:はい、よろしくお願いします。トラブルが起きてしまうと、仮に訴訟等で法的に勝ったとしても、結果的に「お金を持ってない人からは回収できない。」という事態が発生するリスクがあります。ですので、できる限り未然にトラブルが発生する可能性を減らしておく、つまり予防するということが重要です。ただし、M&Aのスキーム上、どうしてもM&Aの対価(以下「譲渡対価」といいます。)を後払いにしないといけないケースはあると思います。そこで、ケースごとにトラブルを未然に防ぐためにできることは実施しておく必要があります。
金子:ありがとうございます。前回と同様に事前にいただいたメモを元にご説明をお願いします。
メモ:不払いトラブルを防ぐためにできること
●できる限り譲渡実行と譲渡対価の支払いを同時履行にする(後払いをなくす)
●不払いが発生する可能性を調査(預金残高の確認、事業計画の確認など)
●不払いリスクを補う契約にする(担保の設定など)
●難癖を付けられることを未然に防ぐ
①できる限り譲渡実行と譲渡対価の支払いを同時履行にする(後払いをなくす)
金子:まずは、原則として、M&Aの実行(以下「譲渡実行」といいます。)と譲渡対価の支払いの同時実行ですね。医療法人の社員を交代するタイミングで、譲渡対価は全部支払うようにするということですね。
喜納:そうですね。同時履行にできないケースとして、たとえば、M&Aの実行後も、買い手の新体制が軌道に乗るまでは売り手の理事長に引き続き理事長職を続投してもらい、たとえば1年後の理事長勇退の際に多額の退職慰労金を支払うといったスキームを採用している場合が考えられます。そのようなケースではない場合、原則同時履行ですね。
金子:なるほど。この理事長として続投するようなスキームの場合においても、たとえば貸付金などの形を取って、あらかじめ売り手に資金を預けておくことは可能でしょうか。
喜納:はい、一旦買い手から売り手に資金を預ける形にしておいて、万一後払いの退職慰労金が支払われなかったときは、代わりにその資金を完全に売り手のものにするという合意がなされていれば、売り手側のリスクは減ります。
金子:ただ、貸借対照表などの会計知識にあまり明るくない人にとっては、複雑になってしまい、当事者があまり理解できなくなるかもですね。
喜納:はい、それはありますね。また、先ほど金子社長がおっしゃった「あらかじめ売り手に資金を預けておく」方法として、買い手からではなく、医療法人から役員(理事長)に対して貸付けをする形にするのはいかがかという相談を受けることもあります。この点について、医療法人から役員への貸付は、医療法54条に抵触するリスクがあります。ですので、この事前に貸付けをするという方法でリスクヘッジをする場合、医療法人からではなく、買い手から売り手に対し貸付けを行い、無事に退職慰労金が支払われれば売り手は買い手に貸付金を返済し、退職慰労金が支払われなかったときにはその貸付金を返済しなくて良いとするなどの工夫が必要になります。
② 不払いが発生する可能性を調査(預金残高の確認、事業計画の確認など)
金子:次は、買い手の資金力などの調査ですね。
喜納:はい、まずは、特に理由がなければ同時履行にして、仮に資金がないならば資金調達をしてもらい、それが完了するまで契約の締結又は譲渡を実行しないことでリスクヘッジをすることが考えられます。一方で、スキーム上の理由などから、契約や譲渡の実行が先になり、譲渡対価を後払いにせざるを得ない場合には、まず調査です。
金子:預金の残高証明などですね。
喜納:そうですね。譲渡対価の後払いという状況は、結局、売り手から買い手に対してお金を貸しているのと同じような状況になるので、売り手において、買い手が将来譲渡対価をしっかりと支払えるか調査することは自然なことです。
金子:普通の買収監査では売り手側に対して調査をしますが、こういったスキームの場合は、買い手側に対しても調査を行うのですね。
喜納:そうですね。譲渡対価が一部でも後払いになる場合には、買い手がその後払いの資金をどのようにして準備し、支払おうとしているのかをヒアリングすると良いです。
たとえば、退職慰労金を後払いとするケースを例にします。これは、将来、医療法人から売り手(理事長その他の役員)に対して、退職慰労金を支払わせるというケースですので、譲渡実行の時点において医療法人にその分の残高がない場合、将来の退職慰労金の資金をどのように用意するのかを確認します。譲渡実行後の医療法人の運営によってその資金を用意するというならば、譲渡実行後に、どのように医療法人を運営していくのか、きちんとした事業計画があるのかなどをヒアリングするという感じです。
調査の結果、事業計画等が整っていれば、リスクは低そうだと判断する材料になります。
一方で、事業計画が整っていなく、あるいは、計画があってもそのためのリソース不足が明らかな場合は注意が必要です。
たとえば、医師が足りていなければ、足りていない医師をどのように確保するのかが重要です。既に新しい医師との間で、医療法人に勤務することについて完全に合意が取れていて、明日からでもその医師が勤務できるというような段階であるのか、あるいは、まったく計画がない段階なのか、という点まで実現可能性を確認します。
同じく、たとえば、出資持分譲渡の対価を現金後払いで支払うという場合には、現在その資金はあるのか、不足している場合にはどのような資金調達を予定しているのか、といった形で、実現可能性について資料などを見ながら調査されるとよいです。
その際、買い手側にて合理的な説明ができない場合や、あるいは、「資金は十分にある。」などとそれらしいことを言っていても、その証拠として預金残高を見せてほしいと求めた際に「預金残高は見せられない。」などと不自然なことを述べて断ってきた場合には、買い手は合理的な根拠に欠ける虚偽の説明をしているかもしれません。
そのため、特に後払いの額が多額になる場合などには、本当にこの買い手が資金を用意することができるのか否かについて、ヒアリングをしたり、その裏付けとなる資料を要求すると良いです。
③ 不払いリスクを補う契約にする(担保の設定など)
その上で、「リスクはあるかもしれないけれども、取引自体は実行する。」と判断したときには、次は、譲渡実行に際して、そのリスクをカバーする条件を設けます。
今から述べる補償条項や担保を設定することは、万一のときに未払い債権を回収するという効果だけでなく、万一のときには買い手や連帯保証人がリスクを負うことになるため、買い手側に未払いを生じさせないようにしようという動機を与える効果もあります。その意味で、このような動機を与える内容の条項を設けることは、譲渡対価の未払いを防ぐ対応策にもなります。
たとえば、先ほどの退職慰労金を1年後に支払うというケースであれば、万一医療法人が支払いをしなかったときには、買い手自身が代わりに退職慰労金に相当する額について補償するといった条項を設けることが考えられます。買い手を事実上の連帯保証人にさせるというイメージですね。
金子:医療法人の連帯保証人に買い手がなることは法的にも良いのでしょうか。
喜納:はい。それは、問題ありません。
金子:万が一退職慰労金などを医療法人で支払えないときには、買い手が代わりに相当額を支払うということですね。
喜納:そうですね。あとは、譲渡対価の後払いという状況は与信であり、お金を貸している状況と同じになるので、担保を取る交渉をしてもよいと思います。
金子:担保をつける手続きは簡単にできるのでしょうか。
喜納:連帯保証人などの担保は、場合によっては公正証書を作らないといけないケースもあります。
金子:なるほど。ちなみにどれくらいの規模の案件から担保をつけたほうがいいのでしょうか。
喜納:それはリスクをどれぐらい取れるかではないでしょうか。譲渡対価の9割が支払われていて、残り1割は後払い、というような場合、極端なことを言えば、万が一の時は仕方がないと割り切って、入口でコストをかけない、という判断もあると思います。逆に、出資持分の譲渡価額が1億円で、後払いの退職慰労金が同じく1億円のような場合、しっかり入口からコストや手間をかけて担保をつけてよいと思います。
金子:そうですね。
④ 難癖を付けられることを未然に防ぐ
金子:次は難癖ですね。
喜納:はい、表明保証は言いがかりをつけやすく、範囲が広いので、まずは表明保証違反だと言われないように開示要請を受けた内容についてはしっかりと開示をすることが大事です。ここで売り手側が虚偽説明をしたり、不都合な事実を隠蔽したりすると、買い手による表明保証違反があったという主張が認められ易くなってしまいます。しっかりと開示を行い、口頭ではなく書面で渡すなど証拠を残しておくと良いです。
また、表明保証条項を規定する場合には、表明保証できるもの、できないものを検討して、契約書に記載する範囲を絞る必要があります。たとえば、すでに訴訟が1件係属しているにもかかわらず、契約書の雛形に「訴訟が係属していないこと」という記載がなされている場合には、「原告を○○、被告を医療法人とする令和○年(○)第○○号(※訴訟の事件番号等で特定)の訴訟以外には、訴訟が係属していないこと」といった記載に修正します。
それから、たとえば、後払いとなっている譲渡対価の支払いを、表明保証違反などの損害賠償請求と相殺することはできないとする条項を規定しておくことが考えられます。そうすれば、仮に後から表明保証違反が判明したとしても、それはそれ、これはこれという形で、「表明保証違反の損害損賠請求は行なってください、けれども譲渡対価の支払いについては履行してください。」と切り分けることができます。これを切り分けておかないと、表明保証違反の損害賠償請求と譲渡対価の支払いを相殺すると主張されて、訴訟等で決着がつくまで譲渡対価が支払われないという状況が生じる可能性があります。
金子:切り分けて、「表明保証は争うけれども、譲渡対価は払ってください」ということですね。
喜納:そうです。そもそも法的には表明保証違反の責任を負わない状況であるにもかかわらず、難癖や言いがかりをつけて、事実上譲渡対価の支払いを拒否しているだけという場合もありうるかもしれません。ですので、しっかりと分けて、譲渡対価は支払ってもらったうえで、損害賠償請求をするならしてくださいと言える状況にしておくことは、譲渡対価の未払いを防ぐ対応策になりえます。
金子:この場合、契約書にどのように記載すれば良いでしょうか。
喜納:「表明保証違反やその他いかなる理由があれども譲渡対価は必ず支払わなければならない」、「理由の如何を問わず、譲渡対価の支払いを拒否したり相殺することは許されない」といった趣旨の条件を契約書に追加します。そうすることで、後になって、表明保証違反の損害賠償請求と譲渡対価の支払いを相殺するという主張ができなくなります。私が売り手側の代理人になったらこのような条文を入れます。
なお、逆に、買い手の立場からすると、「売り手が故意又は(重)過失によって契約に違反したことにより、買い手(又は医療法人)が損害や損失を被った場合にまで一切相殺できないとすることは不合理である。このような場合には、相殺可能とするべきである。」などと反論したくなると思います。
落とし所をどこにするかは、リスクが発生する可能性や程度などを考慮して、交渉をしていくことになると思います。
金子:今おっしゃった、売り手の立場ならとか、買い手の立場ならという条件は、たとえば仲介会社など中立の立場で、ひな型提供として契約書を作成する場合はあまり入れない条文になるのですか。
喜納:はい、多くの場合入っていないです。あくまでも売り手又は買い手のいずれかのアドバイザーになった時に、検討する条文です。
少し脱線しますけど、買い手側に弁護士が入った場合と、売り手側に弁護士が入った場合で、契約書に追加する条文や削除する条文がガラッと変わります。
たとえば表明保証でいうと、買い手としては、広く表明保証をしてほしいです。一方で売り手はあまり表明保証をしたくないものです。
売り手の立場から表明保証の範囲を限定する場合の典型的な例をあげます。たとえば、契約書のひな形に「簿外債務がないこと」と記載されている場合、この記載のままでは1円でも簿外債務があったら表明保証に違反してしまいます。そのため、売り手としては後から表明保証違反だと言われないようにするために、「重大な簿外債務がないこと」という表現に修正します。このように範囲を限定することで、重大とはいえない簿外債務が判明したとしても、表明保証には違反しないことになります。その他「医療法人の運営に著しく支障をきたすような簿外債務がないこと」というような文言で限定することも考えられます。
本当なら表明保証の条項を削除したい、でもそれができない、というような場合には、このように範囲を限定します。
金子:確かにこのような場合で買い手が抵抗を示していたら、売り手としては心配ですね。
我々仲介の立場としては、当然平和に終わってくれた方が良いと思っていますので、たとえば、買い手側にとても不信感がある時に、売り手に対してこういう知識をお伝えするのは好ましくないのでしょうか。
喜納:仲介の立場からは好ましくないと思います。売り手又は買い手のどちらかのアドバイザーという立場ではなく、中立な立場として対応している場合には、どちらかに偏ってしまうと利益相反になってしまいます。
金子:無事に終わらせるためでも好ましくないということなのですね。ありがとうございます。
3.終わりに
今回は、M&Aの際に買い手が支払いをしないことを未然に防ぐために重要なことについて解説をいただきました。次回は、「実際に未払いが生じてしまった際の回収に仕方」について解説をいただきます。
以上
喜納 直也(きな なおや)
CSP法律会計事務所 弁護士
慶應義塾大学法科大学院修了。東京弁護士会所属。
法律事務所における紛争対応に加えて、企業内弁護士としての経験を活かし、法人・個人を問わずあらゆる案件に従事する。医療法人のM&Aを数多く扱う(実績30件以上)。
著書に、「裁判例からつかむ従業員不祥事事件の相談実務」(共著、第一法規) 「裁判例の要点からつかむ「権利濫用」の主張立証」(共著、第一法規)がある。
金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任