
診療科目別
眼科クリニックM&A完全ガイド|眼科の売却と眼科を買うメリット&注意点
1.はじめに
近年、様々な産業においてM&Aは増えてきています。背景には、国や各自治体が様々な補助金を設定してM&Aを普及していることや、M&A仲介会社の増加などがあります。これは医療機関においても例外ではなく、むしろ参入障壁の高い(医師免許が必要であり、かつ診療科目も同じで無いといけない)医療機関においては、M&Aの選択肢が広がっています。
今回解説する眼科クリニックにおいても、専門性の高い診療が求められるため、親族間や知り合いの間による承継のハードルが高く、開業する立場から見ても、高価な医療機器が多く多額な設備投資がかかることから、M&Aは理にかなった選択肢と言えます。
既存の眼科クリニックをM&Aによって引き継ぐ場合、すでに築かれた患者基盤やスタッフ体制、地域からの認知度を活用できるため、開業初期から一定の収益が見込め、経営リスクを軽減できます。
本稿では、眼科クリニックにおけるM&Aの基本的な考え方や、売り手・買い手双方にとってのメリット、また実務上の留意点について、事例を交えながら詳しく解説していきます。
2. 眼科M&Aの売り手のメリット
M&Aというと、買い手側のメリットに目が行きがちですが、売り手にとっても多くのメリットがあります。
(1) 引退後の生活資金の確保
眼科クリニックをM&Aで譲渡した際に得られる対価は、引退する医師にとって重要な老後の生活資金となりますし、医療法人からの事業譲渡の場合は次の投資の原資となります。通常、譲渡価格はクリニックの純資産に加え、いわゆる「営業権(のれん代)」を加えた金額で評価されます。
眼科の場合は設備が高額なことが多く、譲渡資産の価値が高くなることも多いです。また、営業権に関しては、院長個人の力量に依存している診療体制よりも、診療の標準化が進んでおり、医師個人の技量に依存しない体制である方が、より高い譲渡価値が見込めます。その点ではM&Aは「築き上げた診療体制と信頼を資産化する行為」とも言えます。
(2) 通院中の患者を他院に紹介せずに済む
眼科には、白内障・緑内障・糖尿病網膜症・加齢黄斑変性など、定期的な診療・検査が必要な患者さんも多数通っています。閉院する場合、これらの患者を他院へ紹介する必要があり、紹介状の準備や説明、患者の不安への対応などに大きな労力がかかります。
M&Aによって別の医師が同じ場所で診療を引き継いでくれれば、患者は通院先を変える必要がなく、医師としての責任も果たすことができます。特に、長年通っていた患者さんのことを考えれば、「安心して任せられる後継医」に引き継ぐことができるのは、大きな安心材料です。
(3) 閉院に伴う設備処分費用が不要
M&Aでは無く、閉院を選ぶ場合、診療所の医療機器の処分や内装の原状回復などに費用が発生します。土地、建物を所有している場合も、建物を汎用性のある仕様に変更したり、土地の買い手を探す必要があります。眼科で使用されるOCT、眼底カメラ、視力検査機器、レーザー、電動の患者椅子などの大きな機械は、処分するのにも費用が高額になります。また近年は建物の解体費用も上がっています。
M&Aであれば、これらの設備をそのままの状態で引き継いでもらえるため、処分コストをかけるかわりに、「資産」として評価され、譲渡価格に反映される可能性があります。特に長年丁寧に使用をしてきて、状態が良い場合は減価償却を続けて会計上は価値がほとんど無い場合でも譲渡価格として評価されることもあります。
(4) 売却後も勤務医として関与できる
経営からは引退したいが、完全に臨床から離れることに不安を感じている医師も少なくありません。M&Aでは、売却後も前院長が週1~2回の非常勤医師として継続勤務するケースがよくあります。
これは買い手にとってもメリットが大きく、患者の信頼を維持しながら円滑な引き継ぎを実現できます。医師が2名いれば休診日を減らすことも可能ですし、2診察体制を必要とする場面でも柔軟な対応が可能になります。ただでさえ眼科の勤務医を見つけることは大変なのでこれは買い手にとって大きなメリットです。
また、売り手が経営者としては引退しつつも、院長として継続するケースもあります。これは大きな医療法人の傘下に入り、経理、人事、労務などの経営者業務からは解放されつつも診療は今まで通り行う形です。こういったM&A後の自身の処遇についても譲渡の条件にいれることが可能です。
(5) スタッフの雇用を守ることができる
眼科クリニックは検査や処置も多岐に渡る為、医療事務、看護師、視能訓練士、診療補助など、スタッフが多くいるクリニックも少なくありません。そして、長年共に働いてきたスタッフへの責任を感じている院長は多いでしょう。閉院する場合は、スタッフ全員が職を失うことになってしまいます。
M&Aによる承継では、既存のスタッフをそのまま継続雇用することを前提条件とすることができるため、スタッフの生活を守ることが可能です。
3. 眼科M&Aによる買い手のメリット
開業を検討している医師にとって、M&Aは経営的・実務的に非常に効率の良い選択肢となります。ここでは、買い手の視点から見たメリットを詳しく解説します。
(1) 開業費用を抑えられる
眼科の新規開業では、機器導入だけで数千万円の投資が必要になります。テナント開業でも総額1億円を超えるケースも多いですし、戸建て開業となると、弊社実績では総額5億円を超えるケースも複数あります。
M&Aであれば、既に稼働している機器をそのまま引き継ぐことができ、もちろん中古にはなってしまいますが、初期費用を数千万円単位で削減できる可能性があります。また、地域特性に応じた設備構成がすでに揃っているため、地域ニーズとのミスマッチも避けられます。M&Aで開業をして、使用をする頻度が多い機械のみ、最新型の新品に買い替えるという先生もいます。
(2) 初日から一定の患者が来院する
新規開業の課題の一つは「集患」です。開業当初はどうしても患者数が少なく、黒字化までに時間がかかることが多いです。M&Aであれば、すでに通院中の患者をそのまま引き継げるため、初月から安定した売上を見込むことが可能です。
定期診療を必要とする患者が多い眼科において、これは特に大きな魅力です。
(3) スタッフをそのまま引き継げる
眼科では、検査機器を操作できる視能訓練士や、手術や処置に慣れた看護師の存在が診療の質を左右します。M&Aでは、これらの経験豊富なスタッフを継続雇用できるため、スムーズな診療スタートが可能です。
求人・教育・戦力化の手間が不要で、即戦力の体制を構築できる点は大きな利点です。
(4) 売り手医師が継続勤務するケースもある
買い手にとっては、前院長が非常勤として残ってくれることは、患者の信頼を維持し、診療の引き継ぎを円滑に進めるうえで非常に有益です。術後フォローや治療継続が必要な患者に対しても、スムーズな対応が可能になります。
4. 眼科M&Aにおける留意点
M&Aは成功すれば大きな効果をもたらしますが、慎重な準備が不可欠です。
(1) 診療内容の継承確認
眼科クリニックごとに診療スタイルが異なるため、手術の実績(何の疾患の何の手術が多いのか、またそれを1日のどのような体制で何件行っているのかなど)、眼内注射の実施状況、術後フォローの頻度などをしっかり確認し、自身の診療スタイルと整合が取れるかを見極める必要があります。
(2) 医療機器の動作・保守状況の確認
OCT、視野計、レーザー機器などの各機械のメーカー(担当者も含む)を確認します。故障などが無いかの状態を確認し、保守契約が継続中か、更新時期かをチェックしておくことが重要です。引き継いだ直後に修理・更新が発生すると想定外のコストが生じるため、事前の確認が欠かせません。
(3) 連携病院、調剤薬局などの確認
手術を実施する場合は、急変時などにどの病院と連携をしているかなどの確認が必要ですし、患者さんを紹介している医療機関を把握して、引継ぎをしないといけません。また、薬を院外の薬局と連携している場合は、継続していただけるかの確認は必要です。特に、売り手の配偶者様も医師の場合などで、診療科目が「眼科・内科」というような形で開業していたクリニックを継承する際に、眼科だけとなる場合は薬局の採算が取れないケースも起きえます。
5. おわりに
眼科クリニックにおけるM&Aは、単に「医療機関の売買」という枠を超え、地域医療の継続、医師の人生設計、経営の安定化を実現するための有効な手段として注目されています。
売り手にとっては、これまで築いてきた信頼と診療体制をしっかり次世代に引き継ぎ、患者やスタッフへの責任を果たすとともに、経済的な安心を得ることができます。
買い手にとっては、リスクを抑えながら高品質な診療体制を最短で整えることができる、魅力的な選択肢です。
弊社では、眼科領域における豊富なM&A支援実績を活かし、売り手・買い手双方のニーズに寄り添ったマッチングと手続き支援を行っています。譲渡をお考えの先生、またはこれから開業を検討されている方は、ぜひお気軽にご相談ください。
執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任