クリニックM&Aの基礎
医療機関M&A 失敗に至った案件例
目次
Ⅰ.はじめに
昨今、医療機関M&Aが増加していますが、医療機関M&Aが無事に成功するケースもあれば、さまざまな理由でクロージングまで至らずに失敗するケースもあります。
今回は、医療機関M&Aにおいて失敗に至ることの多い4つのケースについて、理由ごとに分けて詳しく解説します。
Ⅱ.銀行融資が通らなかったケース
買い手が譲渡対価と運転資金を銀行からの融資で賄うことは多くありますが、中には銀行融資審査が通らず、契約が解消になってしまうことがあります。このような事態を防ぐために、最終譲渡契約を締結するタイミングや条件を考慮することが大切です。
まず、銀行融資の審査が通る前に最終譲渡契約を締結する場合は、「銀行融資が通らなければ合意解約になる」という内容で契約書に記載します。
一方、このような解除条項を記載することが難しい場合には、銀行融資審査が通ってから最終譲渡契約を締結します。流れとしては、基本合意契約を締結後、独占交渉権を付与されている状態で、独占交渉権の期間内(通常は1ヶ月~2か月程度)に銀行融資審査を通して、最終譲渡契約を締結します。
また、「銀行融資が通らなかった場合に解約する」という条件で最終譲渡契約を締結してしまうと、場合によっては仲介会社に支払う仲介手数料が発生してしまうことがあるため、注意が必要です。トラブルを回避するためにも、最終譲渡契約を締結する前に銀行融資を通すことをおすすめします。
また医療法人の場合には、売却対象の医療法人にて資金調達をして、売り手個人に退職金で支払うというケースもあります。その場合は売り手側も協力をして、資金調達をしなければならず、この場合も譲渡契約書の締結前に融資審査を通すか、万が一、融資審査で断られてしまった場合の取り決めをしておく必要があります。
Ⅲ.買い手の管理医師が見つからなかったケース
買い手が医療法人の場合で、売り手側の院長先生が退任予定のクリニックを買収する場合、管理医師(院長)がすでに見つかっているケースとこれから管理医師を見つけるケースがあります。
管理医師をこれから見つける場合には、管理医師が見つからなかった場合の対応方法を定めてから、最終譲渡契約を締結する必要があります。
すでに管理医師が見つかっている医療法人であれば安全ですが、実際に管理医師が見つかるまでには、地域にも寄りますが約3~6カ月の期間が必要です。最終譲渡契約前に3~6カ月の期間をかけて管理医師を見つけることは現実的ではないため、最終譲渡契約を締結した後に買い手が管理医師を見つけるケースが多いです。
そして、トラブルを防ぐためにも、見つからなかった場合の対応方法についての条項を定めておくと安心です。
実際に過去の事例においても、このケースでの失敗例は一定数発生しています。特に、地方の場合や専門性の高い診療科目の医療機関では管理医師が見つからない可能性が高いため、管理医師を見つける期間に加えて、スタッフへの周知のタイミングなどを考慮しながらスケジュール調整をする必要があります。
Ⅳ. 賃貸借契約の条件が変わってしまったケース
継承してから開業地の賃貸借契約の条件が変わってしまい、継承の話が無くなってしまったり、トラブルに発展するケースもあります。そのため、最終譲渡契約の締結時に賃貸契約の項目についても細かく定めておくことが重要です。また、この場合は医療法人の譲渡と事業譲渡において留意点が多少変わります。
法人譲渡の場合は、医療法人で賃貸借契約を締結しています。そのため、通常は譲渡によって理事長や理事が変更になった場合にも、賃貸条件が変更になることはありません。例えば、定期借家契約の更新のタイミングと重なった場合には賃貸条件が変わることがあるので、契約の残期間を確認しておく必要があります。また、理事長変更に伴う事務手数料なども念のため確認が必要です。
一方で、事業譲渡の場合は、売り手が賃貸借契約を解約して、買い手が新しく契約を締結することになります。そのため、賃料が変更になる場合や、中にはオーナーの事情によっては賃貸借契約を結べない可能性があります。このようなトラブルが起きないように、事業譲渡においても事前の対策が必要です。
例えば、最終譲渡契約を締結する直前のタイミングで、オーナーに「将来的に引退や継承をした場合、どのような流れになるか」など、賃貸契約の条件変更の有無について事前に確認をすることが多いです。または、最終譲渡契約書に、売り手と同じ条件で賃貸契約を締結できることを前提条項に定めておいたり、条件が変更になった場合の最終譲渡契約の取り扱いを定めておく必要があります。
Ⅴ.スタッフの集団退職が起きてしまったケース
スタッフの集団退職には、M&Aをする旨をスタッフに周知した後で集団退職が起きるケースと、譲渡実行後に買い手の経営方針と合わずに集団退職するケースがあります。
このような事態を防ぐためには、最終譲渡契約の内容をどのように定めておくかが鍵となります。
具体的には、
・譲渡前にスタッフが全員退職してしまう場合には、今回の契約は解消する
・常勤の医師などキーマンとなる人物が退職してしまった場合には、契約を解消する
・スタッフが全員退職した場合にも譲渡は実行され、買い手が新規でスタッフの採用を行う
など、スタッフの退職を巡ってトラブルが起きないように、事前に内容を定めておくことが重要です。特別に合意をしていない限りは、3番目の退職が生じたとしても買い手の方で新規採用をすることで進めるケースが多いです。
Ⅵ.終わりに
ここまで、医療機関M&Aにおいて失敗に至る事例として銀行融資や管理医師、賃貸契約書、スタッフに関するケースの解説をしました。
いずれのケースにおいても、トラブルの要因となり得る事項については、あらかじめ対策をしておくことが重要となります。
事前の対策が難しい場合には、最終譲渡契約書にトラブルが発生した場合の対応方法を定めておく必要があります。解約の条項を定めておかないと、トラブルが発生した場合にも契約は有効になってしまうため、買い手は特に留意が必要です。
このように、M&Aを成功に導くには専門的な知識も必要になってくるため、医療機関M&A専門のコンサルタントとの協力が必要不可欠となります。
弊社では、豊富な経験と知識を有した医療機関M&A専門のコンサルタントが、M&Aの成功を幅広くサポートする体制が整っております。お困りの際はお気軽にご相談ください。
著者:株式会社G.C FACTORY 広報部
日々、医療機関経営の経営に関するコラムを執筆したり、院長先生へのインタビューを実施。
大手医療法人の理事長秘書、看護師、医学生、大手メディアのライターなど、
様々な背景を持つメンバーで構成しています。
監修:金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任