訪問診療クリニックM&A完全ガイド(2026年更新版)|訪問診療M&Aのメリットや留意点について解説

I.はじめに

近年、様々な産業においてM&Aは増えてきています。背景には、国や各自治体が様々な補助金を設定してM&Aを普及していることや、M&A仲介会社の増加などがあります。これは医療機関においても例外ではなく、参入障壁の高い(医師免許が必要であり、かつ診療科目も同じでないといけない)医療機関においては、M&Aの選択肢が広がっています。

特に訪問診療領域は、超高齢社会の進行と地域包括ケアシステムの推進を背景に、市場が拡大を続けている分野です。日本財団の調査によると、最期を迎えたい場所として「自宅」と回答した方は58.8%に上る一方で、「医療施設」を希望する方は33.9%にとどまります。しかし厚生労働省の調査では、実際の死亡場所が「自宅」である方は13.7%、「医療施設」が73.7%と、国民の希望と現実の間に大きなかい離が存在することがわかります。

このような実態を背景に、国は地域包括ケアシステムの推進を急いでおり、団塊の世代が後期高齢者となる時期を迎え、在宅医療のニーズはますます拡大しています。在宅医療にかかる診療報酬点数も国の政策的意向を反映して高めに設定されており、訪問診療は今後のクリニック経営において一層重要なテーマとなることは間違いありません。

一方で、訪問診療クリニックの経営は24時間365日の体制を前提とすることが多く、院長個人への負担が極めて大きい領域でもあります。後継者不在、院長のご年齢、体力的限界などを理由に、第三者承継=M&Aを選択するケースが急速に増えてきています。既存の訪問診療クリニックをM&Aによって引き継ぐ場合、すでに築かれた患者基盤やスタッフ体制、地域の連携医療機関・ケアマネジャー・訪問看護ステーションとの関係性をそのまま活用できるため、開業初期から安定した収益が見込め、経営リスクを軽減できます。

本稿では、訪問診療クリニックにおけるM&Aの基本的な考え方や、売り手・買い手双方にとってのメリット、また実務上の留意点について、事例を交えながら詳しく解説していきます。

Ⅱ.訪問診療M&Aの売り手のメリット

M&Aというと、買い手側のメリットに目が行きがちですが、売り手にとっても多くのメリットがあります。

(1) 引退後の生活資金の確保

訪問診療クリニックをM&Aで譲渡した際に得られる対価は、引退する医師にとって重要な老後の生活資金となりますし、医療法人からの事業譲渡の場合は次の投資の原資となります。通常、譲渡価格はクリニックの純資産に加え、いわゆる「営業権(のれん代)」を加えた金額で評価されます。
訪問診療は、定期訪問の患者数がそのまま月間の安定収益に直結するストック型のビジネスモデルであり、外来診療と比較して収益予測が立てやすいことから、買い手から見ても評価しやすい領域です。特に在宅時医学総合管理料・施設入居時等医学総合管理料の算定患者数(居宅と施設の割合)や、機能強化型在宅療養支援診療所(在支診)の届出有無、看取り実績などは、譲渡価格の評価において重要な指標となります。院長個人の力量に依存している診療体制よりも、診療の標準化が進んでおり、医師個人に依存しない体制である方が、より高い譲渡価値が見込めます。その点ではM&Aは「築き上げた診療体制と信頼を資産化する行為」とも言えます。

(2) 担当患者を他院に紹介せずに済み、信頼関係ごと承継できる

訪問診療では、末期がん患者の緩和ケアなど、継続的かつ密度の高い医療を必要とする患者を多数担当しています。閉院する場合、これらの患者を他院へ引き継ぐ必要があり、紹介状の準備、ケアマネジャー・訪問看護ステーション・薬局・ご家族との調整に労力がかかります。

M&Aの場合、既存クリニックとして名称や場所がすでに地域の患者・ご家族から認知されているケースが多いため、売り手の医師が事前に患者・ご家族へ後任医師を紹介し、信頼のおける医師である旨の説明と十分な引継ぎを行うことで、事業だけでなく患者との信頼関係そのものも承継することができます。特に「最期まで自宅で過ごしたい」という意思を持つ患者・ご家族にとって、馴染みのスタッフがそのまま訪問してくれることは、何にも代えがたい安心材料となります。長年診てきた患者を最後まで責任を持って見届けるという意味でも、M&Aは適した選択肢と言えます。

(3) 閉院に伴う設備処分費用が不要

M&Aではなく、閉院を選ぶ場合、訪問診療車両、ポータブルエコー、ポータブル心電図、医療材料の在庫、電子カルテシステムなどの処分や内装工事をした場合は原状回復に費用が発生します。M&Aであれば、これらの設備をそのままの状態で引き継いでもらえるため、処分コストをかけるかわりに、「資産」として評価され、譲渡価格に反映される可能性があります。訪問診療クリニックは外来クリニックほど設備が多くないため、このメリットの金額的なインパクトは限定的ですが、本来コスト(マイナス)として発生するはずの処分費用が譲渡価格(プラス)に転じるという点は、外来クリニックと同様に大きな利点と言えます。

(4) チームでのオンコール対応により昼間対応のみでの継続が可能

経営からは引退したいが、完全に臨床から離れることに不安を感じている医師も少なくありません。訪問診療クリニックの院長にとって大きな負担は、24時間365日のオンコール対応です。少人数体制のクリニックでは、院長が事実上ほぼ毎日オンコールを担当しているケースも珍しくありません。 複数医師体制の医療法人グループに参画することで、これまで院長一人で抱えていたオンコール対応をチームで分担できるようになります。これにより、経営者および24時間対応医師としてはご引退いただきつつ、平日昼間の定期訪問診療のみという形で診療を継続することが可能になります。長年診てきた患者・ご家族との関係を継続しながら、ご自身の生活の質を取り戻すことができる点は、訪問診療領域のM&Aならではの大きなメリットと言えます。

(5) スタッフの雇用を守ることができる

訪問診療クリニックでは、訪問同行する看護師、診療スケジュール管理を担う医療事務、ドライバーなど、多職種のスタッフが密に連携して診療を支えています。長年共に働いてきたスタッフへの責任を感じている院長は多いでしょう。閉院する場合は、スタッフ全員が職を失うことになってしまいます。M&Aによる承継では、既存のスタッフをそのまま継続雇用することを前提条件とすることができるため、スタッフの生活を守ることが可能です。

Ⅲ.訪問診療M&Aによる買い手のメリット

開業を検討している医師や、既存の医療法人にとって、訪問診療M&Aは経営的・実務的に非常に効率の良い選択肢となります。ここでは、買い手の視点から見たメリットを詳しく解説します。

(1) 開業費用と立ち上げ期間を抑えられる

訪問診療の新規開業は、外来開業と比較すれば初期投資は抑えられるものの、車両、ポータブル医療機器、電子カルテなどの設備投資に加え、軌道に乗るまでの運転資金が必要です。さらに、訪問診療は外来診療と異なり、WEBマーケティングなどを活用して短期間で患者数を増やすことが難しい領域です。弊社の支援先でも、都内の激戦区では、新規開業から軌道に乗るまでは、1ヶ月で管理患者数が3〜4人しか増えないというケースも珍しくありません。地道な営業活動と関係構築の積み重ねが必要なため、軌道に乗るまで数年単位の時間と運転資金を要します。

M&Aによる承継であれば、これらの設備・システム・関係性をそのまま引き継ぐことができ、すでに一定の管理患者数を確保した状態でスタートできるため、立ち上げ期間の経済的・精神的負担を大幅に軽減できます。

(2) 患者離脱率が低く、安定した経営基盤を引き継げる

訪問診療は、外来診療と比較して継承に際して、患者の離脱率が低いことが特徴です。さらに、しっかりとした引継ぎプロセスを設計し、売り手の医師が事前に患者・ご家族へ後任医師を紹介・説明することで、ほぼ全ての患者をそのまま継続して診療することが可能です。

加えて、訪問診療は「医師-患者」の関係だけで成立するものではなく、病院、ケアマネジャー、訪問看護ステーション、調剤薬局など、多くの関係者との信頼関係の上に成り立っています。M&Aで前院長から関係者一人ひとりへの紹介・引継ぎを丁寧に行うことで、これらの関係性ごと承継することができ、結果として更に安定した経営基盤を獲得することが可能です。

(3) ケアマネジャー・訪問看護ステーション・MSWからの紹介ルートを引き継げる

特に在宅療養支援診療所として運営する場合、ケアマネジャー、訪問看護ステーション、医療ソーシャルワーカー(MSW)からの患者紹介ルートは経営の生命線となります。これらの関係性は一朝一夕に築けるものではなく、長年の診療実績と丁寧な情報共有の積み重ねによって構築されたものです。新規開業の場合、こうした連携先との信頼関係をゼロから構築するには、地道な営業訪問と紹介患者への質の高い対応の積み重ねが必要で、安定した紹介ルートが確立するまでに時間を要します。

M&Aで既存クリニックを承継すれば、確立された紹介ルートをそのまま引き継ぐことができるため、買い手にとっては大きなメリットとなります。

(4) スタッフをそのまま引き継げる

訪問診療では、訪問診療独特のレセプト請求の知識、患者宅やご家族の状況、地域の道路事情などを熟知したスタッフの存在が、診療の質と効率を左右します。M&Aでは、これらの経験豊富なスタッフを継続雇用できるため、スムーズな診療スタートが可能です。求人・教育・戦力化の手間が不要で、即戦力の体制を構築できる点は大きな利点です。

(5) 医療法人グループへの組み入れによる診療単価アップの可能性

買い手が既に医療法人で訪問診療クリニックを運営している場合、譲受したクリニックを自院の組織に組み入れることで、各種加算の算定が可能になり、診療単価が上がる可能性があります。例として以下が挙げられます。

機能強化型在宅療養支援診療所(機能強化型在支診):在宅医療を中核的に担う医療機関として評価される医療機関区分で、在宅医療担当の常勤換算医師3名以上(うち常勤医師2名以上)の配置、過去1年間の緊急往診10件以上かつ看取り実績4件以上、連携医療機関との会議開催などが要件となります。在宅時医学総合管理料・施設入居時等医学総合管理料や在宅ターミナルケア加算等における点数が上乗せされるため、収益インパクトの大きい区分です。令和8年度改定では、「自院での24時間体制確保」を満たすイ区分と、外部委託依存のロ区分との評価差が拡大されています。単独クリニックでは医師数要件を満たせず未届出のケースもありますが、医療法人グループに参画することで要件を充足し、イ区分としての届出・算定が可能となります。

在宅医療充実体制加算(令和8年度改定で新設): 従来の「在宅緩和ケア充実診療所・病院加算」を再編し、点数を約2倍に引き上げた新加算です。施設基準として、機能強化型在支診・在支病であること、自院単独で24時間連絡・往診体制を確保していること、在宅医療担当の常勤換算医師3名以上(常勤医師2名以上)、過去1年間の緊急往診30件以上かつ看取り30件以上、緩和ケア研修修了医師の配置などが求められます。在医総管・施設総管・ターミナルケア加算等に上乗せして算定されるため、収益インパクトは非常に大きい加算です。

単独クリニックではこれらの施設基準を満たすことが難しい場合でも、医療法人グループに組み入れることで常勤医師数や実績要件を充足し、加算算定が可能となるケースがあります。これは医療法人型の買い手にとって、訪問診療M&Aの大きな経済的合理性となります。

Ⅳ.訪問診療M&Aにおける留意点

M&Aは成功すれば大きな効果をもたらしますが、慎重な準備が不可欠です。

(1) 診療内容・患者構成の継承確認

訪問診療クリニックごとに診療スタイルは大きく異なります。居宅訪問と施設訪問の比率、機能強化型在支診の届出有無、看取り実績、緩和ケア・神経難病・認知症など得意領域の構成、重症患者割合などを確認し、自身の診療スタイルや組織体制と整合が取れるかを見極める必要があります。特に令和8年度改定では、在医総管・施設総管において重症患者割合2割以上の要件が新設されるなど、患者構成によっては承継後の収益が大きく変動するため、慎重な確認が必要です。

(2) 連携医療機関・ケアマネジャー・訪問看護ステーションとの関係維持

訪問診療経営の安定性は、後方支援病院との関係、地域のケアマネジャー・居宅介護支援事業所からの紹介経路、連携訪問看護ステーション、調剤薬局との関係性に大きく依存しています。これらの関係性は院長個人の人脈に紐づいているケースも多く、必ずしも自動的に承継されるとは限りません。M&Aの過程で、前院長から関係者一人ひとりへの紹介・引継ぎを丁寧に行うことが、承継後の経営安定の鍵となります。

また、M&A後も連携機関との関係を維持するための具体的な取り組みも重要です。訪問診療後に患者の様子をメールやFAXでケアマネジャーへ伝える、定期的にカンファレンスへ参加する、急変時の連絡を密に取るといった、前院長が日常的に行っていた小さな積み重ねを継続することが、承継後の信頼関係の維持と患者紹介の継続につながります。こうした運用ルールも、引継ぎ段階で明文化しておくことが望ましいでしょう。

(3) 24時間オンコール体制の継承可能性の確認

訪問診療における24時間連絡・往診体制は、在支診としての届出要件であり、患者・ご家族との信頼の根幹でもあります。承継後にこの体制をどう維持するか、自院の医師数で対応可能か、連携型の体制を構築するかなど、事前のシミュレーションが不可欠です。令和8年度改定では、機能強化型在支診について「自院での24時間体制確保」がイ区分(高評価)、外部委託依存がロ区分(低評価)として明確に区分されており、体制設計が直接収益に影響します。

(4) 医療機器・電子カルテ・訪問管理システムの状態確認

訪問診療車両、ポータブルエコー等の医療機器、電子カルテ、訪問スケジュール管理システムなどの状態と、保守契約・ライセンス契約の状況を確認します。特に電子カルテは、診療データの継続性、令和8年度改定で新設された電子的診療情報連携体制整備加算への対応可否などにも関わるため、事前の確認が欠かせません。

Ⅴ.おわりに

訪問診療クリニックにおけるM&Aは、単に「医療機関の売買」という枠を超え、地域医療の継続、医師の人生設計、経営の安定化を実現するための有効な手段として注目されています。

特に訪問診療領域は、患者・ご家族・連携機関との深い信頼関係の上に成り立つ診療であり、外来とは異なる訪問診療特有のノウハウや人脈が経営の根幹を成しています。閉院ではなくM&Aを選択することで、これまで築いてきた信頼を次世代の医師・組織に引き継ぎ、地域の在宅療養者の生活を守り続けることが可能になります。売り手・買い手の双方が訪問診療の特性を十分に理解し、丁寧な引継ぎを設計することが、M&Aの効果を最大化する鍵となります。

売り手にとっては、これまで築いてきた診療体制を次世代に引き継ぎ、患者やスタッフへの責任を果たすとともに、24時間体制の重圧から解放されつつ、経済的な安心を得ることができます。

買い手にとっては、立ち上げに数年を要する訪問診療を最短で軌道に乗せることができ、医療法人型の買い手であればグループ運営による単価アップの可能性も含め、極めて魅力的な選択肢となります。 弊社では、訪問診療領域における豊富なM&A支援実績を活かし、売り手・買い手双方のニーズに寄り添ったマッチングと手続き支援を行っています。譲渡をお考えの先生、またはこれから訪問診療事業の拡大を検討されている方は、ぜひお気軽にご相談ください。


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執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)
(株)G.C FACTORY 代表取締役
 
経歴:
国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。
 
実績・経験:
・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験
・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任
・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任

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